日本人の苗字が村の名前になっているペルーの村があります。
日本人の移民たちがたくさん南米ペルーに渡ってきて、がんばってジャングルを開拓していた時代がありますが、その一つの証となっているのが、ペルーのジャングル地帯 Madre de Dios マドゥレ・デ・ディオス県にある村 Mazuko マスーコです。
日本人の私たちには特に知られていない歴史かもしれませんが、日本の歴史の一部といってもいいと思うのでご紹介できればと思います。
Madre de Dios マドゥレ・デ・ディオス県 Tambota タンボパタ市 Inambari イナンバリ町 Mazuko マスーコ村の場所
Mazuko, Distrito de Inambari, Provincia de Tambota, Departamento de Madre de Dios
Cusco クスコ県 Cusco クスコ市と Madre de Dios マドゥレ・デ・ディオス県 Puerto Maldonado プエルト・マルドナード市のちょうど間にぐらいに位置する小さな村です。
クスコ市内からは、陸路で約310km で、高速バスだと約8時間かかります。
Madre de Dios マドゥレ・デ・ディオス県 Mazuko マスーコ村の名前の由来
Madre de Dios マドゥレ・デ・ディオス県 Mazuko マスーコ村の名前の由来は、日本人の移民の方だといわれています。
ジャングルを開拓する為、日本人の移民の方々が Madre de Dios マドゥレ・デ・ディオス県に渡ってそこで農業などに勤しんだ歴史があります。
1930年代までは、今現在 Mazuko マスーコとして知られている村は、ピキチャイヨック Piquichayoc、もしくは、金の谷ビジャ・デ・オロ Villa de oro として知られていました。
金の谷ビジャ・デ・オロ Villa de oro として知られていた理由としては、今現在でも Madre de Dios マドゥレ・デ・ディオス県が金の採掘を大々的に行っているほど、金が採掘される場所だからです。
Jorge Mazuko マスコ・ホルヘと名乗っていた日本人の移民の方が、今現在 Mazuko マスーコ村として知られている村に像を作ったそうなのですが、それが、周りで知られるようになり、現在では、正式にマスコさんの苗字がその村の名前となったといわれています。
益子さんか増子さんだったのではないでしょうか?
Jorge Mazuko マスコ・ホルヘさんは、1949年8月26日に亡くなったといわれています。
Mazuko マスーコ村の中には、マスコさんの苗字以外にも、道の名前で、Jirón Francisco Fukumoto フクモト・フランシスコ通りという道の名前など、日本人の移民の方々ががんばっていた痕跡が残されています。
Madre de Dios マドゥレ・デ・ディオス県 Mazuko マスーコ村の様子
Mazuko マスーコ村の役場の前には、墜落した小型旅客機が展示されています。
毎週土曜日の朝には、Feria フェリアといって、土曜市が開かれ珍しい食品などが売られています。
標高は約350mで、少し標高があるので、ジャングルといってもいくらか夜は過ごしやすいです。
水が豊富な場所で、カカオやバナナなどが豊富に収穫されています。
まとめ
南米ペルーの村の名前に日本人の苗字が残っていることに驚きました。
現在では正式にペルーの村の名前として採用されており、スペイン語なまりで Mazuko マスーコと呼ばれて親しまれています。
日本人の移民の方々が一生懸命ジャングルを開拓していた証です。
南米ペルーには、日本人にまつわる場所などもあって興味深いです。
興味があれば、南米ペルーに日本人にまつわるミステリーを探して旅行して見られるのも面白かもしれませんね。
Buen Viaje! 良い旅を!
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